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東京高等裁判所 平成8年(ネ)4787号 判決 1997年8月27日

主文

一  原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。

二  右取消しにかかる部分の第一審原告ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノの請求を棄却する。

三  第一審原告らの本件控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用(第一審原告らの控訴費用を含む。)は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  平成八年(ネ)四七八七号事件

1 第一審被告

(一) 原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。

(二) 右取消しにかかる部分の第一審原告ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノの請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも同第一審原告の負担とする。

2 第一審原告ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ

控訴棄却申立て

二  平成八年(ネ)四八七六号事件

1 第一審原告ら

(一) 原判決中第一審原告ら敗訴部分を取り消す。

(二) 第一審被告は、第一審原告らのために、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞、東京新聞の各朝刊の全国版社会面に連続三回にわたって表題を二号活字、本文を四号活字、氏外宛名を三号活字として、原判決別紙記載のとおりの謝罪広告を掲載せよ。

(三) 第一審被告は、第一審原告ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノに対し、原判決で認容された額に加えて更に四九〇〇万円を支払え。

(四) 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

2 第一審被告

控訴棄却申立て

第二  事案の概要

本件の事案の概要は、原判決書「第二 事案の概要」(原判決書四頁七行目から一三頁九行目)のうち第一審原告ラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ(以下「第一審原告デヴィ夫人」又は単に「デヴィ夫人」という。)及び同松浦正俊(以下「第一審原告松浦」という。)に関する部分の記載と同一であり、証拠関係は、原審及び当審訴訟記録中の証拠関係目録記載のとおりであるので、これらを引用する。

第三  判断

一  争点1(本件記事の名誉毀損性の有無)について

1 第一審原告デヴィ夫人について

本件記事中に、<1>「『偽装』一〇万ドルチャリティを演出したデヴィ夫人の『財欠』」との大見出しがあり、小見出し及び本文中に<2>「ドンブリ勘定」、本文中に<3>「経理担当者もいない」及び<4>「銀行にチャリティ名義の口座を設けたが、それをデヴィさんが引き出して使ってしまうのか残高が減っていく一方だった」との記載があることは、当事者間に争いがなく、第一審原告デヴィ夫人は、これらの記事は、一般読者に、あたかも生活費に窮したデヴィ夫人が国連環境計画(UNEP)に寄付するとの名目でチャリティを装い、その収益金一〇万ドルで私腹を肥やしたとの印象を与えるものであると主張する。

そこで、本件記事の内容について検討するに、甲第四号証によれば、本件記事は「特集『偽装』一〇万ドルチャリティを演出したデヴィ夫人の『財欠』」との大見出しがあり、概略次のような本文記事で構成されていることが認められる。

(1) 第一頁右側のゴシック導入部分要旨

インドネシアの故スカルノ大統領の未亡人デヴィ夫人が本年(平成五年)三月に米国の郡拘置所を出所するや、直ちに「地球環境保護委員会」なるものを組織して委員長に就任、四月二六日にはホテルオークラで「国連環境計画チャリティパーティ」を開催し、収益金一〇万ドルを寄付したことになっていた・・・」として、本件記事の導入とする。

(2) 第一段落要旨

平成五年四月二六日、デヴィ夫人が委員長である地球環境保護委員会という組織が、ホテルオークラで、国連環境計画(UNEP)に収益金を寄付する趣旨で、同夫人自作の「野生の動物と私」と題する絵の展示会とチャリティオークション及びレセプションを開催し、約五〇〇人の出席者を集め、パーティ券(一枚三万円)と絵の売上などで約二〇〇〇万円の収入をあげて盛況裡に終わり、デヴィ夫人からはその後パーティ参加者等に全収益金一〇万ドル(約一一〇〇万円)を国連環境計画(UNEP)に寄付することができたとの礼状が送られてきたこと。

(3) 「質素とドンブリ勘定と」(小見出し)の段落要旨

デヴィ夫人のホテルでの生活ぶりは質素・倹約に徹していたが、今回はチャリティであるにもかかわらず経理担当者も置かず、入金や経費明細も明らかでなく、チャリティ名義の銀行口座を設けたがデヴィ夫人が引き出して使ってしまうのか残高が減っていく一方であり、チャリティ関係者の間でも本当に一〇万ドル寄付したのか疑問が出ていたこと。他方、(第一審被告の取材によれば)、七月五日現在、ナイロビにある国連環境計画(UNEP)の本部には一〇万ドルの送金がされていないというのであり、デヴィ夫人自身も「国連への寄付が遅れているのはナイロビできちんと贈呈式を行うつもりだが、それが遅れているから」と一〇万ドルの寄付がされていないことを認めていること。

(4) 「外務省も知らぬ内に」(小見出し)の段落要旨

本件チャリティにつき第一審被告から、本件チャリティの主賓であった国連環境計画(UNEP)北米局長ノエル・ブラウン博士に取材を申し込んだところ、奇妙なことにブラウン博士からでなく東京滞在のデヴィ夫人からまず応答があり、当のブラウン博士は来日中一度も外務省を訪ねておらず、外務省も本件チャリティの件を知らなかったこと、そして、第一審被告の記者がデヴィ夫人とやりとりをした後になってブラウン博士は、「一〇万ドルの小切手は贈呈の時期を待つばかりであるという報告を受けている。ナイロビの国連環境計画(UNEP)本部への報告が遅れているのは、他の環境グループの活動を考慮して今回の慈善活動を活用したいから。」と説明し、デヴィ夫人も「私はすぐにでも払い込む用意があります」というから近日中にナイロビに届けられるのであろうが、パーティ券や絵を買ったある“善意のパトロン”を任ずる不動産業者は「寄付したという通知をもらったのに、まだ金が行っていないとは」と善意にヒビを入れられたおもむきであるとした上で、贈呈式をやるならきちんとその説明をするのが筋であり、でなければ、目の前に小切手や現金を揃えて見せでもしない限りチャリティが偽装ではなかったかという疑惑を晴らすのは容易ではあるまいとのコメントを付している。

(5) 「マルチにも手を出して」(小見出し)の段落要旨

デヴィ夫人が書いた野生動物のうち少なくとも四点は既刊の単行本からの模写で盗作の疑いが出ていること。しかし、日本で親しい付き合いを続けてきたある鉄工業者は「デヴィ夫人はこれまでガス、石油などで日本に多大な貢献をしてきたが、これまで付き合ってきた大物たちは年をとっていなくなった。ただ、ああいう華やかな女性は相撲取りと同じで全部“ごっちゃん”だから食うには困ることはないだろうが、昔のような神通力はなくなってきたとは言える。それに最近マルチに手を出し始めた。」と述べていることのほか、最近デヴィ夫人が「ヘアヌード」に出るという話も持ち上がっていること。

以上によれば、「『偽装』一〇万ドルチャリティを演出したデヴィ夫人の『財欠』」との大見出し部分のみを取り上げれば、第一審原告デヴィ夫人が金に困ってチャリティパーティを偽装して多額の収益金を得ようとしたこと、又はそのようなチャリティを計画しなければならないほど手元不如意の状態であるとの印象を受ける読者もあり得ようが、一般に週刊誌の見出しは簡略かつ端的に、時には揶揄的に、ある程度誇張して内容を示して読者の興味と購買欲をそそろうとする意図を有するものであり、読者はそれに触発されて見出しだけでなく本文も読むことが多いということからすれば、週刊誌記事の名誉毀損の成否については、見出しが本文の内容から著しく逸脱しているなど、それ自体独立の記事と評価すべき場合は別として、見出しと本文を合わせた記事全体からその趣旨を判断することが相当であるところ、前記の本件の記事全体からいえば、第一審原告デヴィ夫人が金に困り偽装チャリティパーティによりその収益金一〇万ドルで私腹を肥やしたとか第一審原告デヴィ夫人が「財欠状態」にあるとかの印象を一般読者に与える記事であるとはいえず、むしろ全体の趣旨は、故スカルノ大統領の未亡人で国連環境計画への支援活動を行うという公的立場にある第一審原告デヴィ夫人の主宰した本件チャリティが、チャリティとはいいながら会計責任者も置かず、経理が不明朗で、本来チャリティの性格上経理を厳密にすべきであるのに収支明細の報告もない極めて杜撰なチャリティパーティであったことや、一〇万ドルを寄付したと参会者等に報告しながら現実には記事発表の近接日までには一〇万ドルの寄付が行われていないことを批判するとともに、これに付随して、公私混同を含む杜撰なチャリティパーティを行った背景として第一審原告デヴィ夫人の経済力の低下を示唆する内容の記事であったというべきである。そうすると、本件記事、ことにその大見出しは、一般読者をして、第一審原告デヴィ夫人が、生活費に窮してチャリティを装いその収益金一〇万ドルで私腹を肥やしたとの印象を与えるとする、この点の第一審原告デヴィ夫人の主張は相当でないといわなければならない。

しかし、本件記事が第一審原告デヴィ夫人主張のとおりの印象を与えるものでなく、右に認定したとおりのものであるとしても、第一審原告デヴィ夫人が極めて杜撰な本件チャリティを主宰し、一〇万ドル寄付がなされていないことを批判し、これに付随して第一審原告デヴィ夫人の経済力の低下を示唆する内容を含む以上、その限度で本件記事は第一審原告デヴィ夫人の名誉を毀損するものというべきであるから、右の限度で第一審原告デヴィ夫人の請求原因は理由がある。

2 第一審原告松浦について

当裁判所も、本件記事は、第一審原告デヴィ夫人の社会的評価を前記限度で低下させその名誉を毀損するものであるが、第一審原告デヴィ夫人が代表理事である地球環境保護委員会なる組織の委員で本件チャリティにボランティアとして参加した第一審原告松浦の社会的評価を低下させる事実の摘示はなく、同原告の名誉を毀損するものとは認め難いと判断する。

その理由は、原判決の「第三 一 2」(原判決書一六頁七行目から一七頁五行目まで)のうちの第一審原告松浦に関する部分と同一であるから、これを引用する。

二  争点2(本件記事の違法性の有無)について(第一審原告デヴィ夫人のみ)

1 当裁判所も、本件記事は公共の利害に関し、かつ専ら公益目的に出たものと判断する。その理由は原判決の「第三 二1」(原判決書一七頁七行目から一九頁四行目まで)と同一であるから、これを引用する。

2 本件記事の真実性について

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 第一審原告デヴィ夫人は、故インドネシア大統領スカルノの妻であり、ニューヨークに居住しているところ、平成五年四月中ころに京都国際会議場で元ソ連大統領ゴルバチョフ、国連環境計画(UNEP)北米局長ノエル・ブラウン博士らも参加する人類存続と地球環境保全のための会議が行われる予定となっていたことから、それに参加するため同年四月上旬来日した。

(二) 同原告は、来日の機会に国連環境計画(UNEP)支援のため、自作の野生動物の絵(但し、大半は既製の図鑑や写真集等の資料を参考にしたり模写したもの)の販売を行い、収益を国連環境計画(UNEP)に寄付する趣旨の本件チャリティの開催を計画した。同原告は、来日早々「地球環境保護委員会」というボランティア組織を募り自ら委員長となった。右の地球環境保護委員会は、経験者による集まりではなく、その実態は本件チャリティ実行のための組織であって、比較的短期間の存続を予定していた。そして、「地球環境保護委員会」は、前記趣旨の本件チャリティパーティを同年四月二六日にホテルオークラで開催することとし、各方面にパーティへの参加及びパーティ券(一枚三万円)購入案内を電話等により行ったほか、四月一四日には記者発表会をホテルオークラで行った。

(三) これらの企画やパーティの実施の具体的細目については、第一審原告デヴィ夫人の知人でニューヨークに在住する新発田潤一(本件チャリティ実施のため第一審原告デヴィ夫人と共に来日。)がいわゆるオーガナイザーとして深く関わっていた。しかし、本件チャリティや自作の野生動物等の絵のオークション等による収支経理は第一審原告デヴィ夫人が把握して、新発田や他の「地球環境保護委員会」のメンバー(第一審原告松浦を含む。)は、本件チャリティ等の収支については、概略はともかく詳細については知るところがなく、他に会計担当の経理責任者が置かれることもなかった(なお、新発田と第一審原告デヴィ夫人は、本件チャリティ終了後報酬をめぐる金銭トラブルから喧嘩別れのような状態となった。)。

(四) 本件チャリティは予定通り四月二六日に開催され、パーティ券収入が約九〇〇万円(約三〇〇枚分)、絵や絵葉書等の売却収入が約九〇〇万円の合計約一八〇〇万円余りの収入があった。一方、本件チャリティ開催のために案内状印刷費、額縁代、運送費、ホテル会場費、余興費等直接的な経費も約八〇〇万ないし九〇〇万円位を要した。第一審原告デヴィ夫人は、更に本件チャリティ収入の中から本人や新発田の日本滞在中のホテル代を支出し、前記(一)記載の京都国際会議場での会議に参加するため来日し、本件チャリティにも出席した国連環境計画(UNEP)北米局長ブラウン博士、スー族酋長レイン教授の飛行機代、ホテル代、日本国内交通費等を支出した。また、新発田潤一へもパーティオーガナイズ代等として飛行機代を含め二〇〇万円を支出し、結局これら本件パーティ収入の中から第一審原告デヴィ夫人が支出した金額は約一五〇〇万円にのぼった(これらの支出中には第一審原告デヴィ夫人の飛行機代は含まれていない。もっとも、これらの収支金額については、前記のとおり本件チャリティには会計責任者が置かれず、収支経理は第一審原告デヴィ夫人が把握し、これらの支出も第一審原告デヴィ夫人が自ら行ったもので、パーティ終了後に主催者である「地球環境保護委員会」から参加者らに収支結果が明らかにされたこともないから、正確なところは判然としない。)。

(五) 第一審原告デヴィ夫人は、パーティ終了後、平成五年五月に、「地球環境保護委員会委員長 デヴィ・スカルノ」の名で、パーティ参加者や絵の購入者等に対して、本件チャリティが盛会裡に終了したことにつきその協力に謝礼を述べるとともに、「本会での全収益金一〇万ドル(約一、一〇〇万円)は、国連環境計画(UNEP)に寄付させて戴くことができました。」と記載した礼状を出した。しかし、実際には第一審原告デヴィ夫人は本件記事が発表された平成五年七月八日の段階では右一〇万ドルの送金をしていなかった。

(六) 第一審被告は、本件チャリティ開催後、本件チャリティを含め、「地球環境保護委員会」としての活動にボランティアとして参加した一名の者から、第一審原告デヴィ夫人の主宰した本件チャリティの経理は不明なところがあり、第一審原告デヴィ夫人が公私混同をしている疑いがあり国連環境計画(UNEP)に寄付したと言っている一〇万ドルもまだ実行されていない疑いがあるとの内部情報を得て、当事者が故スカルノ大統領の元夫人という公的立場にある第一審原告デヴィ夫人であり、本件チャリティが極めて公共性の高いものであることに着目して、平成五年七月二日の企画会議に提案の上、編集長の指示により岩佐陽一郎を担当デスクとし、他に四名の編集部員を取材担当者に指名して取材を開始し、同年七月二日ころから五日ころまでの間(なお、本件記事の掲載号である本誌が発売されたのは同月八日である。)、「地球環境保護委員会」に参加した複数のボランティア、新発田潤一、パーティの発起人に名を連ねた者、複数の本件チャリティ出席者、国連環境計画本部(ナイロビ)資金部、国連環境計画(UNEP)北米局長ノエル・ブラウン博士らに取材したところ、一〇万ドルはいまだ国連環境計画(UNEP)に送金されていないことが判明した。

(七) 右取材の過程で、国連環境計画(UNEP)北米局長ノエル・ブラウン博士は、同年七月二日から五日にかけて取材をした第一審被告に対し、一〇万ドルの送金がされていないのは、第一審原告デヴィ夫人からはオークションにより一〇万ドルが得られ、小切手を贈呈する手筈は整っているとの申し出が行われたが、国連環境計画(UNEP)としては、しかるべき時期に国連環境計画(UNEP)の要人が出席して行われるべき贈呈式の行事の一環として本件寄付を利用するのが相当との判断から送金を留保してもらっているとのファックスを送り、第一審原告デヴィ夫人も、取材の過程で同様の説明を行った。しかし、第一審被告は、ブラウン博士に対する取材に対し、同人からの回答がされるより前に、まだ直接取材を申し入れていなかった第一審原告デヴィ夫人からブラウン博士から連絡があったとして編集部宛に電話があった経緯と両者の説明内容から、これらの説明は口裏を合わせている疑いがあり、送金がされていないことの合理的説明とならないと判断して本件記事掲載の中止を行うなどの手立てはとらなかった。

(八) 第一審原告デヴィ夫人は、本件記事が掲載された「週刊新潮七月一五日号」の発売(七月八日)直後の七月一二日に、本件チャリティの収益残金約三〇〇万円を含む一〇万ドルを小切手で国連環境計画(UNEP)北米局に送金した。その後国連環境計画(UNEP)本部その他の場所で一〇万ドルの贈呈式がなされたことはない。

3 以上の事実によれば、本件チャリティは経理責任者を置かず、会計は本件チャリティの主催者である地球環境保護委員会委員長となった第一審原告デヴィ夫人自らが管理していたもので、正確な収入支出の細目はわからない上、第一審原告デヴィ夫人の主張する本件チャリティ収入の中から支出したとされる費目の中には、第一審原告デヴィ夫人の日本国内におけるホテル代や、その来日が京都国際会議場で行われた別の国際会議のために出席することが主目的と思われる国連環境計画(UNEP)北米局長ブラウン博士やスー族酋長フィル・レイン教授の飛行機代やホテル代等、本件チャリティ収入の中から支出するのはその趣旨からして不適当と思われるものが多数含まれているから、この意味で「ドンブリ勘定」と評されてもやむを得ず(後に第一審原告デヴィ夫人は本件チャリティの収益残金約三〇〇万円を含めて一〇万ドルを国連環境計画(UNEP)に送金しており、右収益残金との差額は同原告が別途負担したものとしても、全収益を寄付することを公言していた本件チャリティの趣旨からすれば、それはまさに「ドンブリ勘定」であるというほかはない。)、本件記事の<2>(「ドンブリ勘定」)と<3>(「経理担当者もいない」)については真実性があるというべきである。

また、本件チャリティの最も主眼である収益金の国連環境計画(UNEP)への寄付についても、第一審原告デヴィ夫人としては平成五年五月に「収益金一〇万ドルを寄付することができました。」と関係者に礼状を出しながら実際には本件記事が掲載された後までは寄付を行わなかったことは、収益の使途について不審を抱かれてもやむを得ず(前記(七)のブラウン博士や第一審原告デヴィ夫人の送金がなされていなかったことの理由説明は、必ずしも世人を納得させるものとはいえない。なお、第一審原告デヴィ夫人は、本件チャリティ開催後平成五年五月初めにブラウン氏に電話をして一〇万ドルの寄付について電信送金にするか小切手にするか問い合わせたところ、ブラウン氏から国連への寄付金の交付はナイロビの本部で開催する贈呈式でしてほしいとし、贈呈式の日取りは早くても六月か七月になる、それまでは送金を控えてほしいとの回答があった旨主張し(平成六年三月二二日付準備書面中「原告の主張一」)、第一審原告デヴィ夫人もほぼ同旨の供述をしている。しかし、そうであれば、なぜ同年五月付けの関係者に対する書簡(礼状兼寄付の報告)を発出したのかについてなんら首肯できる説明はない。)、これに前記のような経理の杜撰さや一部公私混同と批判されてもやむを得ない本件チャリティ収入の中からの支出項目が含まれていることなどを総合すると、本件記事<2>及び<3>を含む記事全体の大綱は真実であるというを妨げないというべきである。

もっとも、本件記事<4>(「チャリティ名義の銀行口座に振り込まれた金員をデヴィ夫人が引き出して使ってしまうのか残高が減っていく一方だった。」)については、これを真実と認めるに足りる証拠はない。むしろ、《証拠略》によれば、本件チャリティパーティの会費三万円の振込先として東京銀行赤坂支店に地球環境保護委員会の名で口座が設けられ、右口座にはパーティ券の代金や絵の売上の一部が振り込まれたと考えられるところその残高は平成五年五月二五日の段階で七六七万円にのぼっていること、第一審原告デヴィ夫人が右口座から引き出したのは五月二八日の一五〇万円のみで、同年七月一二日の最終残高は八八九万二二六〇円であることが認められる。しかし、右口座によっては第一審原告デヴィ夫人がその本人尋問において自認する本件チャリティやオークションによる収入約一八〇〇万円及び諸経費の支出一五〇〇万円の収支がなんら明らかにできず、むしろ右口座の収支とは別に本件チャリティ関係の多額の収入と支出がなんらかの形で第一審原告デヴィ夫人の下で管理され、最終的には右口座を含めて本件チャリティによる収益は三〇〇万円程度しか残らなかったものと認められる上、本件記事<4>は、本件記事の主要部分ではなく、本件記事<2>や<3>と合わせて、第一審原告デヴィ夫人以外の会計責任者がおらず、地球環境保護委員会の銀行口座はもっぱら同原告が管理していて、チャリティの正確な収支がわからないことを、本件チャリティに密接に関わった関係者の一人が批判している文脈の一部としてとりあげられていることは明らかであるから、この部分について記事の正確性を欠いたとしても、記事全体として大筋の真実性は失われないというべきである。

のみならず、《証拠略》によれば、第一審被告は、同年七月二日ころ、その取材の過程で、ボランティアとして参加した一名の者から「銀行にチャリティ名義の口座を設けたので、その残高を毎日確認したが、最高トータル百数十万円しか振り込まれておらず、それを第一審原告デヴィ夫人が引き出して使ってしまうのか残高が減っていく一方だった。」との情報を得たので、本件記事<2>や<3>と一体のものとして本件記事<4>を記載したことが認められる。ところで、右情報提供は、要するに、本件チャリティは元来その趣旨からすれば収支を厳密にすべきところを極めて杜撰なものであったことを告発する意図に出たものであることは容易に推測されるところ、その提供情報中本件チャリティにおいては会計責任者も置かれず、正確な収支計算も判明せず、送金したとされる一〇万ドルの送金も未だされていないなど主要な点は真実に合致していたことは前記のとおりである。右のことと、情報提供者が本件チャリティの実行役となった地球環境保護委員会のボランティアの一人であって本件チャリティの内情を知り得る立場にあったと考えられることを合わせ考慮すると、第一審被告において、本件記事<4>の情報を本件記事<2>及び<3>と一体をなすものとして極めて確度の高いものと判断したことも無理からぬ点があったといわなければならない。そうすると、第一審被告において本件記事<4>の摘示した事実を真実と信じたことについては相当な理由があったというべきである。

4 最後に、前記のとおり本件<1>の見出しは、本文の記事を合わせた記事全体からその趣旨を判断すべきところ、本件見出し<1>のうち「偽装」の部分は前記本件記事<2>ないし<4>について判示した本件チャリティの収支経理の杜撰さや、本件チャリティの全収益一〇万ドルを国連環境計画(UNEP)に寄付した旨を関係者に報告しながら実際にはしていなかった第一審原告デヴィ夫人の運営を批判したものとみることができる。また「財欠」の部分は、前認定のとおり、本件チャリティの収益金の中からチャリティの趣旨に合致しない個人的なホテル代等を支弁したこと自体一定の金銭的不足を推認させるものであるのみならず、本文記事中の第一審原告デヴィ夫人の元大統領夫人としては質素ともいうべきホテルでの生活ぶり、いわゆるマルチ商法やヘアヌードへの関心などの記事と相まって杜撰なチャリティ運営をした付随的事情を示唆するものといえるが、《証拠略》によれば、第一審被告としては、前記本件記事の取材の過程でホテルでの質素ともいうべき生活ぶり、マルチ商法やヘアヌードへの関心の事実については、前記「地球環境保護委員会」のボランティア関係者、業界関係者等に取材し、それらの事実を確認しており、それが真実であると信じたことについては相当の理由があったものと認められる。そして、更に、本件チャリティの杜撰さ、とりわけ本件チャリティの収益金を、少なくとも本件記事の取材が行われた平成五年七月五日ころまでの段階では国連環境計画(UNEP)に寄付していなかった事実と合わせれば、第一審被告がこれらホテルでの質素な生活ぶり、マルチ商法等の個々の事実を第一審原告デヴィ夫人の経済事情の徴表としてとらえたことも無理からぬことというべきである。

そうすると、本件<1>の見出し中の「偽装」や「財欠」との部分は、やや表現が穏当を欠き収支経理の杜撰さ等を必要以上に誇張しているきらいはあるが、右見出しが本文記事の内容から著しく逸脱しているとは認められず、週刊誌の見出しとして社会的に許容される誇張と曖昧さの域を出るものとはいえないというべきであるから、本件<1>の見出しについても名誉毀損は成立しないというべきである。

第四  結論

以上のとおり、本件<1>ないし<4>の記事についての名誉毀損は成立しない。

そうすると、これと異なり第一審原告デヴィ夫人の請求を一部認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、同原告の請求を棄却し、同原告と第一審原告松浦の本件控訴はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 大島崇志 裁判官 豊田建夫)

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